仏教と社会
講師:渡辺(寿台)順誠(光西寺住職)                                               (2017/11/26更新) 

  昨年から「仏教と社会」の講座では、「ある時代社会の中で苦悩する人間のありようを考える上で文学作品は格好の素材である」ということから、「仏教と文学」というテーマに取り組み始めました。しかし、一年間の試みを通して、「仏教と文学」という形で取り上げる作品を限定してしまうよりも、むしろ「文学作品で学ぶ生老病死」とでも題する方が、参加者がより自由に取り上げる作品を選定できるのではないかという話になったことから、新年度はこの題名の下で講座を進めることにしました。以下、「仏教文学」という言葉の意味をめぐって、以上のことをもう少し詳しく説明しておきたいと思います。
 日本の「仏教文学」研究には二つの流れがあると言われています。@「仏教経典そのものを文学的所産とみなし、もっぱら経典を研究の対象として、その文学的性質を追究していく系列」(仏教学的アプローチ)と、A「古典文学が仏教と不可分であることに注目し、国文学の中に仏教文学というジャンルを設定しようと」する流れ(国文学的アプローチ)です(千葉俊一「仏教文学とは何か」『宗教研究』別冊872014)。が、もし「仏教文学」を@の意味で使用するのであれば、それは敢えて光西寺で取り上げる意味はないと思われます。というのは、経典が検討の対象であれば、それは内容的には「仏教講座」や「真宗講座」における教義学習と何ら変わらないものになってしまい、「教義問題が現代社会を生きる私たち一人一人にどう関係しているのかを考える」という本講座(「仏教と社会」)の趣旨には適合しないからです。また、「仏教文学」をAの意味で使う場合にも、検討の対象となるのは『今昔物語』や『平家物語』といった「古典文学」になることが多いので、これも現代社会を生きる私たち一人一人が抱える問題には、必ずしも直結しないものになりがちです。実際、「仏教文学概論」といった題名の本を何冊か入手してみましたが、そうした概説書では@経典とA古典の解説に終始していて、近現代の文学作品はほとんど取り上げられていないのが現状です。
 そこで、本講座では新年度からテーマの題名を「仏教と文学」から「文学作品で学ぶ生老病死」へと改めることにしたというしだいです。参加者各自に、より自由に作品を選定して発表していただき、現代を生きる私たち一人一人が抱える生老病死の諸問題について考えることを通して、現代における仏教のあり方を再考してみたいと思います。皆さんの積極的なご参加をお待ちしています。 なお、初回(428日)は、私(住職)が「尊厳死の物語として読む『楢山節考』」という題名で報告しますが、新年度の報告者と各自が取り上げる作品などについても話し合いたいと思います(報告者と作品が決まり次第、順次ホームページに掲載しますので、どうぞご確認ください)。

2017年
4月28日(金)14:00〜16:30 渡辺(寿台)順誠 尊厳死の物語として読む「楢山節考」@――深沢七郎の死生観
5月26日(金)14:00〜16:30 渡辺(寿台)順誠 尊厳死の物語として読む「楢山節考」A――深沢七郎の社会観
6月23日(金)14:00〜16:30 森谷武雄 伊藤整「変容」を読む――老いの東西比較
7月28日(金)14:00〜16:30 小林文雄 遠藤周作「深い河」を読む――日本人とって宗教とは?
8月25日(金)14:00〜16:30 加藤聖隆 有吉佐和子「恍惚の人」を読む
10月27日(金)14:00〜16:30 常蔭純一 F.X.トゥール(東理夫訳)「ミリオンダラー・ベイビー」
                                  (早川書房、2005)を読む
11月24日(金)14:00〜16:30 渡辺(寿台)順誠 「親鸞文学」の可能性@
2018年
1月26日(金)14:00〜16:30 佐伯正治 他力と縁――いくつかの文学作品を手がかりにして
2月23日(金)14:00〜16:30 渡辺(寿台)順誠 「親鸞文学」の可能性A